HOXAN

インタビュー

水戸岡鋭治氏Eiji Mitooka

列車の中は学習の場。

水戸岡:列車の中の空間というのはコミュニケーションの場以外に、今の時代、普段身近にはないような、日本の伝統的な本物の良い素材を見たり触ったりすることの出来る、ひとつの学習の場でもあると思います。
日本に昔からあった土壁や木や和紙や鉄や畳などの天然素材にふれる機会が減ってきていますが、その中でもチークやローズウッドのような高級な木や、寺院仏閣に行かなくては見ることのできない金箔や漆や彫金を、切符さえあれば誰でも体験できるんです。日常の空間の中に非日常の空間が散りばめられていると、知らないうちにそれが身についてくるものです。
心地良い空間をつくるには、色にしても素材にしてもやっぱりエコロジカルな物が良いですね。できれば素材は天然素材にしたい。それでも公共の空間だと制限等、色々問題があるのは仕方ないのですが。木とか紙とか石とかガラスとか鉄とか、そういったもので出来ているものが一番、手間隙かけた贅沢ですね。どこまでやるかというところですね。

尾山:そうですね、自分で実際に見て体験していないと、それが良いものか悪いものか比較が出来ないですよね。やっぱり良いものにできるだけ多く接することが大切ですね。

水戸岡:公共の空間は、まさに我々大人の知恵と経験で、その時代の最高のものを作って残すのが役割で、その最高のものを使って生活した子供たちは、次の時代に最高のものを生み出す力がつきます。それを大人たちが頑張らないで、合理性や、目先の利益性や経済性を優先し、追求して作っていくと、意外性は高いけど文化としては低いものになってしまいます。
子供たちが次に作ろうと思ってもそういう基礎がないから、また一から勉強し直さないといけない。それにはものすごい時間がかかるんですね。子供の時から生まれた環境が美しかったり素材が豊かであったり、自分の近くに素晴らしい教養を持った大人がいれば、自然に教養や五感が豊かになっていきます。
自然の中で育つと美しい音がたくさんありますよね。それに比べて都会に美しい音が本当に少ないですよ。雑音なんです。だから環境が良いというのは、つまり美しい自然のことなのですが、私たち大人がいかに追及して、提供してあげるか。大人の義務ですよね。
私は、今の子供たちと次の世代のために、何をデザインするかを目的として仕事をしていますが、それが良いサイクルを生むような社会を創り出すことにつながると素晴らしいですね。

尾山:ところで、博多で九州一周寝台列車クルーズトレインのプレス発表会があるそうですね。

水戸岡:クルーズトレインは来年の10月から走る予定です。天然素材を使って高級なホテルを作る感覚で、日本では今まで見たことがないような贅沢で豪華な空間をオリジナルで作るつもりです。
クルーズトレインは、今まで積み重ねてきたものの集大成みたいなものです。

尾山:今日弊社のショールームへいらっしゃったお客様にクルーズトレインの話をしたら、とても興味深く聞いておられました。木にすごく愛着をもたれている方で、先生が手掛けた列車はもちろんのこと、クルーズトレインが完成したら是非乗りたいとおっしゃっていました。

デザイン画をみる水戸岡氏。

生まれ変わったら“勉強がちゃんとできるデザイナー”になりたい。

尾山:最後にひとつだけ質問させて頂きたいのですが、もし生まれ変わるとしたら、またデザイナーになりたいですか。

水戸岡:生まれ変わったら ”勉強がちゃんとできるデザイナー” になりたいと思います。デザイナー以外の仕事は想像できないですね。この歳になって実感するのは、学問を身に付けておかないと、様々な問題を解決できないということです。
「哲学」、「歴史学」、「経済学」、この三つの学問を身に付けておくと、いろんな問題が起きたときに多くの人を助けたり、また自分が納得できるような答えを見つる架け橋になるんです。今はそれが出来ていないので、次に生まれ変わったときには、それをきちんとできる大人になりたいですね。

尾山:哲学、歴史学、経済学ですか。

水戸岡:これは福沢諭吉が言っていることで、何かをしようと思えば、まず哲学、それから歴史学、経済学、この3つがないとできない。例えば、哲学と歴史学なしに経済学だけをいくら頑張っても、利便性と経済性を追求してしまうので、大きな間違いを犯す可能性がある。学問について福沢諭吉は、研究したり学問したりすることは良いことだけど、使えない学問は意味がないと書いています。つまりは、研究・開発・商品化、これができないと意味がないということですね。研究・開発までする人はいっぱいいるけど、それを商品化できる人は少ないです。商品化して初めて多くの人が幸せになるんです。明治6年ですよ、『学問のすすめ』ができたのは。江戸時代の面影がまだ続いている時代です。すごい人ですね。 福沢諭吉は九州の中津の人で、『学問のすすめ』は中津の子供たちのために書いた本なんです。JR九州にも中津の人がいるんですよ。

尾山:中津といえば、中津藩(現在の大分県中津市)ですね。昔、青の洞門に行きました。私は学生の時は一人旅が好きで、JRの時刻表をリュックに入れて、夜行列車に乗ったりして見たこと無いものを見たり経験したり、新しい人と話すことが楽しかったですね。それが旅の醍醐味かなあと思います。

水戸岡:そうですね。旅は人生の醍醐味ですよね。旅は人生と同じですからね。旅は人生そのものが詰まっている。たとえば90年生きるのを一週間で旅する、3日で旅をする。3日で人生を見つけるわけですね。
旅が上手な人は、見事に人生を生きるんです。子供に旅をさせなさいというのは、旅を上手にしないと良い人生を送れないからってことですね。
だから、多くの国民に素晴らしい旅をさせることは、国家の一番大事な義務なんです。殆どの人が、皆旅に出たいと思っているんじゃないでしょうか。人間は何かあると旅に出たくなるんですね。
そういう生き方や旅ができるように、国は美しい環境を作らなくてはいけないと思います。美しい水があって、美しい森があって、おいしいもの食べて、良い人がいてというのが、観光の最適な場で、それが国づくりなんですよ。そうすると、良い国が出来て、国民も健康な状態になります。そんな街をつくれば世界中の人が集まって来るに決まってますよね。

尾山:本当の文化がそこから育っていくのですね。

水戸岡:そうですね。当然文化がそこから育っていく。文化がなければ観光にならないです。だから経済と文化のバランスが取れたところが一番魅力的な場所になるのでしょうね。

尾山:今日は、長時間にわたり貴重なお話をお聞かせ頂いて、本当にありがとうございました。
(聞き手:北三株式会社 代表取締役社長 尾山信一)

2012年5月14日

水戸岡鋭治(Eiji Mitooka)
1930年:岡山県生まれ。
1972年:ドーンデザイン研究所設立。

建築・鉄道車両・グラフィック・プロダクトなどさまざまな分野のデザインを行う。なかでも、JR九州の車両・駅舎のデザインで、国際的な鉄道関連デザインの賞であるブルネル賞など数多くの賞を受賞。