善本先生の数ある功績の中でも最も注目されたものが、コンクリートの型枠に関する研究でした。1960年頃、某大手建設会社より先生の研究室に次のような依頼がありました。セメントを流し込む型枠合板の種類によって、セメントが硬化する時としない時があったり、表面の仕上がり具合にも差が生じるため、その理由を調べてほしいといった内容でした。その後、数年かけて調べ上げた結果、太陽光が当たった一部のラワン合板の面とセメントとが接触すると硬化しにくくなるという因果関係を発見され、後にその研究で木材学会賞を受賞されました。
型枠を外した後、うっすらとコンクリート面に浮かび上がる木目を意匠的に見せていることで有名な上野文化会館などは例外で、当時の建築物のコンクリート面は時間が経つにつれ表面が黄変したり、ぽろぽろと剥がれてきたりする等の問題があちこちで発生していました。戦後の急速な復興需要で多くのラワン合板が輸入され、型枠合板用として製造されていましたが、そのラワン材の表面に太陽光が当たると一部のラワン材において、木材を構成する要素の一つである五単糖が中心の多糖が、針葉樹に多く含まれる六単糖が中心の多糖より分解されやすいことに気付かれました。分解されて単糖になると、セメントのアルカリに溶け込んで正常な硬化を阻害し、硬化不良を起こしやすくなります。上野文化会館では針葉樹の型枠合板を使っていたため、今でも美観を保つことができているそうです。
その後建築現場では型枠合板に光を当てないよう注意が払われたり、セメントとの接触面に塗装をして化学反応が生じないような配慮がなされるようになりました。この研究がきっかけで、木材と光の関係、とりわけ広葉樹のヤケに興味を持つようになり、その過程で北三との付き合いも始まったそうです。
木材にはリグニンという基本物質が含まれており、これがヤケに関与していますが、天然木にはヤケ易い木とそうでない木があり、その原因は、例えば酵素などそれぞれの木材が固有に持つ、リグニン以外の成分が関与していると先生は指摘されています。また、どうして木材がヤケるかですが、物には光を吸収できる波長があり、吸収された光はエネルギーとして物の一部を変えることが起こることがあり、これが、太陽光の短い波長領域(紫外線)の光で起こりがちで、木の「5単糖の多糖」の分解では「セメント硬化阻害物質」が生まれ、木のヤケでは、人の目には「色の変化」として感じられるとのことです。
さらに、木材が持つ様々な色については、木材の細胞に含まれる澱粉が関与しているとのことです。この澱粉が変化して色素になりますが、その変化の仕方は、木の種類によって葉の形や幹の作り方が違うように様々であり、その違いが多種多様な色を木材に与えているとのことです。そして、そこには長い年月の間、それぞれの木材が独自の方法で害虫や害菌と戦ってきた結果として、違った種類の色素を作って生き残ってきたということになるのではないかとのことです。
生物としての木の叡智に触れ、木に深く関わってこられた善本先生曰く、まだまだ解明すべき深遠な世界が一本一本の木の中に広がっているとのこと。善本先生の研究は年輪のように歴史に刻まれ、今後も徐々に広がりをみせていくことになるだろうと思います。